白い息、白い空、白い街……この冬、ボクの暮らす新発田市は連日の大雪で、雪かきばかりの日々にウンザリしていた。なにせ四国生まれの大阪育ちで、おまけに先祖は和歌山人。雪とは縁のうすい南国の生まれ育ちだから、今の心境をおおげさに言うなら、ハワイ人がアラスカへ移住したようなものだ。
それに比べ、さすが雪に慣れてる地元の人たちは元気だ。
前夜の雪が凍りついた朝まだき、ピンと張り詰めた空気を打ち破る金属音に「な、な、なんだ!?」とベッドから飛び出し、おっかなびっくりで窓を開けてみると、ご近所の皆さんが黙々とスコップをふるっていた。
雪かきをしてるのは若い方たちじゃなく、老齢なオヤジさんやおっかさんの姿も見えたが、その動きには無駄がない。それどころか息を弾ませ、どことなく楽しんでいるような観さえある。
駐車場の除雪にてこずるボクに、お向かいのオヤジさんが近寄って来て、つぶやいた。
「おめぇさん、そったな腰つきじゃダ~メさ。貸してみれ!」
オヤジさんはボクのスコップを奪い取り、掘りあぐねていた雪塊をシャクシャクと削るのだった。
その間にもシンシンと雪は降り積もり、ボクの手足はかじかむ一方。ところが、さほど着込んでないオヤジさんなのに、頬を赤く火照らせて、寒さ知らずの様相なのだ。
「あの~、懐にカイロとか、いっぱい入れてるんですか?」
「そんなの、な~んも入れてねえさ。かんずりで、腹の中からあっためてるの」
かんずり?……初めて聞く言葉だった。
小首をかしげるボクに、「かんずり、知らねぇか? ちょっと待ってろ」とオヤジさん。
雪を踏みしめ家に戻ると、すぐさま真っ赤な小瓶を手にしてやって来た。“ウニの塩漬け”のような色が、食欲をそそった。
「唐辛子なんだけど、これがうめぇの! 朝の味噌汁に入れたから、オレは今、ポッカポカさ」
オヤジさんいわく、かんずりは新潟産の唐辛子に天然塩、柚子、糀を加え、3年ぐらい寝かせる発酵食品で、あの上杉謙信や直江兼続も愛用したらしい。雪国の暮らしに欠かせない調味料で、上杉家の侍たちはかんずりをいつも携帯し、行軍中になめて体をあたためたり、手足に塗って凍傷を防いだそうな。しもやけになりそうなボクの足に、ピッタリだ。
おまけに酒の肴としてもうまいと聞いて、さっそく夜の膳に用意した。
見た目には相当な辛さと思いきや、うまみがあって、じわじわお腹が火照ってくる。
そのわけは、塩漬けした後、雪にさらすことにある。
時には1メートル近い雪に埋もれてしまうこともあって、掘り出すのに難儀するそうだが、 唐辛子の塩味やアクを雪が吸い取り、甘味を引き出すのだ。
ちなみに、かんずりは“寒造里”と書くそうで、越後の里山で生まれた伝統品そのものでだ。まさに無冠の帝王と言える、自然食品なのである。
「かんずりがあるっけ、オレは90歳になっても元気なんだよ~♪」
気がつくと、オヤジさんはすっかり雪塊をさらえちゃって、お隣の駐車場の手助けを始めていた。
いやはや、このオヤジさんは、雪かきの無冠の帝王だった。