今年の夏の陽射しは“暑い”を通り越して、とにかく“熱い”。
「なめとったら、あかんで!」と、太陽にケンカを売られている気がするのである。
関西でも熱中症にかかる人が続出し、京都の祇園祭や大阪の天神祭りを、おっかなくて見物に行けなかった人もいたにちがいない。

かくいう僕は、猛暑日に祇園の八坂神社へお参りしたのはいいが、三年坂あたりで40℃近い暑さに見舞われ、汗だく朦朧となった挙句、口呼吸になってしまった。あと10分も歩いてれば、ぶっ倒れていたにちがいない。

とにかく脱水症状にならないよう僕が心がけているのは、水分補給だけでなく、食事でも夏野菜をしっかり採ること。キュウリやトマト、瓜といったみずみずしい野菜を使った料理や肴は、夏バテ対策にも効果があるのだ。

そんな夏野菜の中で、“泉州の水なす”は無冠の帝王だろう。
ずんぐりとした丸みを帯びて京都の賀茂なすに似ているが、皮は柔らかくて、果肉は驚くほど水っぽい! そして甘みもあるので、最近は和食だけじゃなくイタリアンのパスタなどにも使われる。

そもそも、なすびには水分が多い。「秋なすは、嫁に食わせるな」という諺があるけど、これは姑の嫁イジメの言葉じゃなくて、“お嫁さんの体を冷やしてはいけない”= 元気な子どもを産むためには、健康でなきゃいけないという意味だ。
とりわけ“泉州の水なす”は、手でしぼると水分がジュワ~と溢れるほど。柔らかくて、なすび特有のアクが少ないので、そのまま切って生で食べることもできる。
僕は30代の頃、通販雑誌の取材で水なすの生産農家を訪ねたことがあった。
自分の両親のような年配のご夫婦が、夏日のビニールハウスの中で、水なすの手入れに汗を流していた。

「泉州農家の人たちは、畑仕事の合間に水なすをかじってノドを潤すねん。昔はなぁ、子どもらにとっては夏休みの定番オヤツやった。わしが小学校の頃なんか、これしか食わせてもらわれへんかったわ」
麦わら帽子の中で、親爺さんは目尻を優しくほころばせた。

スイーツじゃなくて、なすびがオヤツかぁ。古き良き日本の暮らしだなぁ……と感慨した記憶がある。
ちなみに、昔から水なすは泉州地区だけで栽培され、歴史を紐解いてみると室町時代の文献・庭訓往来(ていきんおうらい)には「澤茄子」と書かれて、宮中への献上品にもなっていた。
おそらく、クーラーなんてない時代だから、やんごとなき貴人たちは団扇や扇子であおぎながら、井戸水で冷やした水茄子で渇きをしのいでいたのだろうなぁ。

「泉州には、全国的に有名な“岸和田のだんじり祭り”があるやろ。あの勇壮な山車を引き廻す練習が始まったら、地元の若い衆はノドが渇いて、体に塩気もなくなるさかいに、水なすの糠漬にかぶりつくねん。わしかて、そうやったでぇ!」

ちょっとドヤ顔になった親爺さんの横から、ほっかむりをした奥さんが口をはさんだ。
「この人ねぇ、だんじりの季節が近づいてきたらソワソワして、いてもたってもおられへんねん。若い頃は町で一番の男前で、祭りの半被姿が格好良かったんよ」

う~む、よもや真夏のビニールハウスで熱いノロケ話を聞かされるとは思ってもみなかったが、親爺さんは無冠の帝王的な、岸和田のあんちゃんだったのかもしれない。
「ところで高槻さん、水なすって、ほんまは白いねんで」
親爺さんは、生い茂る葉っぱに隠れた水なすを見せてくれた。 確かに、その実は白っぽかった。

「水なすの紫色とツヤを出すには、上手に葉を取って、日焼けをさせることが大事なんや。それに葉を取る時は、皮に傷がつかないようにせなあかん。デリケートなんや、水なすは。うちの嫁はんみたいにな(笑)」
こんな仲良し夫婦だからこそ、うまい水なすを作れるのだろう……あの時に書かせてもらったコピーを、今年もうまい水なすを食べながら思い出している。