全国の銘酒の取材旅をしていた頃、やっぱり楽しみだったのは、各地で食べるお国自慢な料理だった。
小樽では、ほっけの昆布ジメ! 秋田のハタハタの押し寿司! 高知なら、カツオの塩タ タキ! と枚挙にいとまがないほどうまい料理の記憶がよみがえり、今でもよだれを垂ら してしまうのは食い意地の張った大阪人のサガだなぁ。
そんな中で、意外にも名物料理の存在感が薄いのが、僕の第二の故郷である新潟県なのである。

「そんなことないでしょ? 日本海で獲れるキトキトの魚介類や魚沼のコシヒカリがあるじゃない!」 そんな読者の声が、聞こえてきそうだ。
確かに日本海の魚を使ったにぎり寿司は、すごぶる美味しい。ちなみに新鮮なネタを使ったにぎり寿司は、地元で「生寿司(なまずし)」と呼ばれている。もちろんシャリは、極上のコシヒカリだ。
でもね~、名物料理の定義ってのは、やはり庶民的でなきゃいけないと僕は思うのである。 それに出逢ったのは、菊水酒造に勤めて新潟県の新発田市に暮らし始めた頃だった。 単身赴任していた僕が毎晩のように新発田の居酒屋や小料理屋を覗くと、必ずつき出しに出てくる小鉢料理があった。

すっきりと澄んだダシの中に細かく切ったニンジン、さと芋、蓮根などがこぎれいに入っている何の変哲もない献立だった。ところが、これが菊水の無冠帝吟醸にピッタリの淡い味わい! 野菜の旨味がぎゅっと引き出された、ヘルシーな料理だ。
箸の止まらなくなった僕がカウンターの向こうの親爺さんにおかわりを頼むと、「うちの“こにも”は、そんなにうまいかね」と顔をほころばせた。

僕は「“こにも”って言うんですか。新発田の郷土料理ですか? あっさりしてて、いくらでも食べちゃいますよ」と訊ねつつ、小鉢の煮物だから“こにも”なのだろうかと思った。 すると親爺さん「それが、いわゆる新潟の“のっぺ”だよ」と言った。
意外だった。実のところ、のっぺを一度も食べたことがなかった僕は、新潟の魚介類がたっぷり入った鍋料理だと思い込んでいた。

お客もいないこともあってか、親爺さんは僕の横に座り込んで“こにも”の由来を語ってくれた。
「そもそも、のっぺの原型は新潟じゃなくて長野の料理だったらしいよ。今ものっぺい汁ってのが信州にあるけど、それはもっと濃厚なダシでね。漢字で書くと、濃餅ってなるらしい」

親爺さんいわく、長野では餅を入れた雑煮が食えなかった江戸時代に、さと芋や片栗粉を入れてとろみをつけていた。そして魚介類の乏しい山国だから、キジの肉とかも入っていた。
これが山を越えて新潟県に伝わって、淡白な味わいの“こにも”に変わっていったようだと教えてくれた。
言われてみれば、信州名物の“ほうとう”のダシも濃厚でこってりしている。ひょっとしたら戦国武将の武田信玄が越後を攻めた時代に、のっぺい汁は伝わったのではあるまいか。

「のっぺは新潟の名物料理って言われるけど、新発田の“こにも”は家庭料理。ちょっとした煮物料理なんだ。だから、それぞれの家庭で具材も変わるんだよ。鮭がいっぱい獲れる村上方面に行けば、はらこ(いくら)が入るしな」 気分よさげに話す親爺さんの顔も、いくらのように赤くなっていた。
その柔和な人柄に“こにも”の淡い味わいが重なった。

優しい味わいでありながら、しっかりと旨味が生きている“こにも”は、新発田の人たちにふさわしい無冠の帝王なのである。