日本食や寿司がアメリカでブームとなって、はや10年。
その和食文化の引き立て役として、日本酒=SAKEも海の向こうで人気が高まっている。
つい最近、ロサンゼルスへ旅してきたのだけど、日本酒イベントは門前市を成すほど大好評! ハリウッドやビバリーヒルズの日本料理店、寿司BARには、無冠帝を造っている菊水酒造の銘酒が並んでいて、富裕層の健啖家たちを喜ばせていた。
ところが、いささか様相がちがっていたのは、料理の味付けなのである。
「甘い! 何だか、甘いな〜?」
 刺身であれ、煮物であれ、天麩羅であれ、どこか甘い味つけなのだ。さらには、そのタレやダシには、セイジ、タイム、ローズマリー、レモングラス…といった香草がアレンジされていたりで、スパイシーな香りにたじろいでしまった。
 つまり、僕の大好きなまったりとした京料理の味ではなく、“創作系の和食”に近いのである。
 いわゆる「フュージョン料理」や「なんちゃって日本食」と呼ばれているが、それらがブレイクしている理由を現地の友人と談義していて、こんなインサイトに至った。
① アメリカでは料理の味つけが濃く、はっきりしていて、お菓子もとことん甘い。それは、ヨーロッパから移民してきた人々の時代に砂糖が貴重品だったためで、民衆は甘い物に飢えていたから、今も強い甘味を好む。
② つまり、京料理などの淡いまったりとした味わい=食材の旨味は、アメリカ人には分かりにくい。また、香りも大切な味つけで、アルコールは薫り高いものが上品と好まれる。フルーティなワイン嗜好の影響だろう。
③ ユダヤ系の人たちが政治、経済、文化をリードしてきたアメリカでは、彼らの嗜好する品物がよく売れる。日本料理も、おのずと彼らの好む味にアレンジされた。特に、魚介類のダシは苦手。ヘルシーなチキンのダシを好むので、味付け・ソースは純粋な日本料理の昆布ダシ・鰹ダシとは異なっている。

だから、砂糖が手に入らなかった開拓時代から甘さや味の濃さに憧れ、それをフルーツなどで摂取した嗜好がアメリカ流なのだろう。もっとも日本だって、江戸時代までは砂糖を口にできる人は名家の侍とお大尽の商人ぐらいなものだった。琉球からの輸入品だけに高値の花、だから日本では、味醂や酒を砂糖代わりに使っていたのである。
ロス市内でおったまげたのは、握り寿司のネタだけ先に食べてしまって、数個のシャリをご飯茶碗に入れるや、ドバドバと醤油で漬かるほどかける巨漢の男性! こちらが呆気に取られていると「ジャパニーズ ソイ ソース イズ ヘルシー!」てなもんで、お茶漬けのように、醤油漬けご飯を一気に掻き込んでいくのであった。
いやはや、いくら大豆で造った醤油が健康的でも、これはオススメできない。
一方、とことん本物の寿司を好むマニアには、オーガニック食、スローフード嗜好がマッチし、富裕層の中でまだまだ右肩上がりになりそうだ。ビバリーヒルズ近くの高級店では、とってもスレンダーなマダムたちが寿司をつまみ、日本酒を味わうのがブランチの定番。巧みなお箸使いとさりげない醤油の漬け方は僕も顔負けで、日本人よりも日本人らしい方々が着実に増えていた。
そんな現実を肌で感じた僕は、フュージョンであれ、伝統食であれ、これほどまでに日本の食文化をアメリカに浸透させた先人たちに、無冠の帝王の名を贈りたい。
ひと頃、僕は「アメリカ人に、“旨味”なんて分からないさ」という批評を、飲食業界の関係者からよく聞かされていた。つまり日本料理の素晴らしさは、味オンチのアメリカ人には分からないという意味だけど、僕はそうは思っていなかった。
新天地を目指す、凄腕の若き料理人がいるはずだ。そもそも日本人は、異国の文化を自国流にアレンジするのが昔から上手なのだ。だからこそ、“エコノミックアニマル”なんて呼ばれた時期もあったけど、あくまで他国の文化を大切に見つめながら、穢すことなく日本にも広めてきた。
今じゃ日本ほど、世界中の料理がひしめいている国もあるまい。
そんな優秀な料理人だから、アメリカ人にも美味しいと言わしめる日本料理を造れるはず。もちろん、そこには伝統や作法、味付けやしつらいなど日本の頑固一徹さだけじゃ通用しない民族と国家の壁があったにちがいない。
実は、菊水酒造も同じように、アメリカ人に「うまい!」と絶賛される限定酒“オーガニック純米吟醸”を醸している。
ハリウッドの名店でその酒を冷酒グラスに注いだ僕は、アメリカ人の好む日本食と菊水の新しいマリアージュに思わずサプライズし、無冠帝がアメリカでブレイクする日を想ったのである。