吸い込まれそうなほどに深い、瑠璃の色。その表面を縦横斜めにシャープなカットが走り、鮮明な文様を描き出している。カットの鋭さとは裏腹に、グラスを手にしたときの感触は決してギザギザしていない。むしろ平滑なグラスよりも、手のひらにしっくりとなじむ気がするから不思議だ。手首をひねると、窓からの明かりがカット面に乱反射して虹色に煌めいた。
 江戸切子は、江戸時代にはじまったガラス加工技術だが、明治時代にはヨーロッパのカットグラス技法が導入されている。たとえば、伝統的文様のひとつ「魚子(ななこ)」は、18世紀のイギリスやアイルランドで典型的なカット模様であったという。それがはるばる日本へ渡ってきたのだから、当時の人々にとっても、江戸切子はそれまでの日本のガラスにはないとてもモダンな代物だっただろう。
 伝統工芸品とされているが、昔から何も変わっていないのではない。色被(き)せと呼ばれる特徴的な色の種類は増え、カットのデザインも職人たちの感性や時代のニーズを反映して進化してきた。文様の組み合わせやアレンジにとどまらず、独自の文様も生み出され、いつも今の時代を生きている。伝統を継承しながらも、常にモダンな江戸切子が追求されているのだ。
いわゆる和食器とも洋食器とも趣を異にする江戸切子。和にして洋なのか、洋にして和なのか。そんなことを論じても、くだらない。和の食卓でも洋の食卓でも、江戸切子は江戸切子として見事に調和してみせる。部屋の照明を受けてキラキラと煌めくグラスに、きりりと冷えたお酒をとくとくと。さあさあ、美しい時間がはじまるよ。