──自分と向き合う。それは、言葉で言うほど簡単なことではなかった。

「自分自身と向き合うと何がわかるかというと、無力な自分に気づくだけなの。それは、絶望の日々ですよ。夢の中でも泣いて、目覚めたとき涙をながしている。そんなことを24時間×100日ぐらいやっていました。
私は何が好きか、何ができるか、何の役に立っているか。そういうことの一つひとつに対峙して気づくのは、プライドが高く、自信というよりは過信におぼれていた自分。これまでの自分を支えていた志やスタンスや自信が音を立てて崩れて、自分を取り囲んでいたしがらみや周囲の期待に応えたいという思い、私の中にあった強すぎる意志もみんな崩れ落ちていった先には、何もできない自分しか残らない。そうやって、3カ月後に背負いすぎていたものすべてが消え去った中でハッキリと見えたのが、書家という職業だったんです」

──「雅号は紫舟と決め、今日から書家になる」。そう決めたところで、すぐに仕事があるわけでなはない。しかし、見えぬ未来を心配する気持ちは、欠片もなかった。
紫舟 「ずっと探し求めていた天職に出合って、人生で初めて、心が平安になるという経験をしました。心の平安を得てみて、これまでの自分は不安を抱えて生きていたんだな、ということにも気づきましたね。小さい頃、泥だらけでサッカーに夢中になっている子が羨ましかったし、神戸で暮らしていたときも、三宮の路上でギターを弾いて歌っている子が羨ましかった。つまり、自分の情熱を傾ける何かを持っている人が、羨ましかったんです。私は書家になると決めて、ようやく、その仲間入りができた。自分も頑張れる対象を得た。その喜びが大きくて、先のことを不安には思わなかったですね。とはいえ、何をすればいいか右も左もわからないので、書家になると決めた2日後にギャラリーに行って、半年後の開催予約を入れることからスタートしました」
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